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コラム
木材を運ぶ起動力として誕生した鉄道

木材を運ぶ起動力として誕生した鉄道

小林信近

明治21年、松山~三津間の鉄道が誕生しましたが、これは小林信近らの発起によるもの。もともとは、木材を三津の港に運ぶのが目的でした。

廃藩置県後、小林は面河村の官林を譲り受け、大阪方面へ木材の積み出しを行っていました。しかし当時、松山から三津浜の間は道路事情が悪く、運搬費も大阪までの海上運賃より高くついたのです。小林は、交通機関の改善の必要を痛感し、軽便鉄道の敷設認可を鉄道局へ申請。

最初は、田舎者が我が国にまだない軽便鉄道を敷設するなど正気の沙汰でない…となかなか聞き入れてはもらえませんでした。しかし、小林はあきらめることなく、計画の有用性・実現性を認めてもらう努力を重ね、ようやく受理されました。

運行開始当時は、遠近から汽車見物に来る人が多く、中には機関車の威力に感嘆し、礼拝する人もいたといいます。いかに当時の人々が驚異の目を見張ったかを知ることができます。

小林はこれ以外にも、松山商工会議所や五十二銀行(現伊予銀行)の設立をはじめ、水力電気事業、高浜港開港など、松山の経済基盤の土台を作り、県経済界の先覚者として活躍。また、県の役人や県議などを務めるなど、地方行政にも携わり、地域発展に身を捧げました。