野球拳のはじまり 大正13年秋、高松屋島球場で実業団親睦野球が行われ、伊予鉄チームは善戦健闘も空しく、8-0で涙をのみました。その晩、高松の旅館で懇親会が催されましたが、グラウンドでの敗戦をお座敷の余興で仇をとり、名誉挽回しようと秘策をねりました。 伊予鉄軍副監督であり、野球タイムスの主筆であった前田伍健先生(元伊予鉄幹部社員)が、急きょ別室に選手を集め、即席で作詞、作曲した踊りをコーチし宴席で踊ったのが野球拳のはじまりです。