![]() 「こりゃ、暑うてたまらん、クロさん、わしゃあ、駅へ行って水を浴びてくるけんな」 K君、クロ機関士にことわり、十分程ある時間を利用して水浴びに行った。K君、上衣もズボンも脱ぎ、フンドシ姿である。 「ああ、ここの井戸水は、冷とうて気持ちがええわい」 一人で気持良く水浴をした。 「Kボーよい、そろそろ発車時間じゃけれ準備おしよ」 駅長が言って来た。 「ほいきた」 K君体をふいて、服を着ようと見ると服がない。 「ありゃ、これはえらいこっちゃ、わしの服がない、帽子もないが、駅長さん知らんかな」 「わしゃあ知るかいや、お前、服をどこえ脱いで置いたんぞ」 「ここにあった大八車の上え、脱いで置いたんじゃがなあ」 「馬鹿あ、ありゃ仲仕の車じゃが、仲仕は、車を引いて荷物の配達に行ってしもうたぞ」 「ええ、どないしよう、わしゃ、裸じゃが、ああ裸で帰らないかんのかあ弱ったぞう」 とうとうK君、着るものがないので仕方なしにフンドシ姿で帰ることにした。 「Kよい、その格好じゃいかん、暑いが冬のように窓を全部しめてやろうわい」 クロ機関士が言った、裸で缶を焚いたが、窓を閉め切っている上、直接缶の火が肌にあたるので、ヒリヒリ痛くて仕方がない、おまけにむし風呂に入っているようで汗が、タラタラ、体中流れ出した。 「K、お前のおかげで、わしまで汗タラタラじゃが、こりゃたまらん、服もフンドシも、びしょ、びしょじゃが、わやじゃがあ」 列車は立花駅へ到着した。今までの駅はホームが機関士側であったが立花は助士側である。おまけに機関車から体をのり出して通票交換をしなければならない、K君フンドシ姿で駅長に通票をつき出した。乗客がビックリして見ている。 「K君よい、裸でどしたんぜ」 「そうジロジロお見なや、わしゃ暑いけん裸で缶焚いとんじゃ、たまには変わった人間もおってよかろが」 とは言うもんの、どう考えても型なしである。機関庫へ帰り到着報告に行くと、 「お前、その格好どしたんぞ、それで乗務しとったんか」 「そうよ助役さん、わしの服を、仲仕の奴が、大八車で積んで行ってしもたんじゃがな」 「それにしても、なんとかならんかったんかあ、そんな格好で仕事する奴があるかあ、この大馬鹿野郎、お前みたいな格好する奴は前代未聞じゃあ」 助役は、怒るに怒れず、あきれ返っていた。 それにしても、腹のつき出たフンドシ姿は、さながら天才画家、山下清の放浪中の姿と同じである。 |
附記 機関車の乗務員の服装は、仕業服着用で、いくら暑くても腕まくりなどできず、素肌がでているのは顔だけです。ヤケドや、怪我があると、いけないので基準法によるものです。また、汚れもひどいので首には手拭を巻いていました。 帽子は、正帽ですが、まるい針金は、缶焚中、コツコツ当り邪魔になるので抜いていました。 履物は当時、革靴など自由に手にすることができません。軍隊帰りの人は、軍靴を履いていましたが、地下足袋使用者が多くいました。 助士の多くは、黒足袋で、八折ゾウリを履いていました。 ”缶焚きは 汚れタオルで 汗を拭き” |