![]() 機関車前後二輌、客車十二輌、三個列車で十五分間隔運転である。 K君は真白い手袋、帽子にはあごひもを掛け一寸した男振りである。 客も出盛になった、午後、K君の列車は、森松駅に到着した、若干時間があり缶を整理中、 「あのうKさん」 呼ばれてK君びっくり、森松から立花へ通勤している娘さん達三人であった。K君名前を知られているとはおどろきである。ほめられたかなと思って、まんざらでもないと、愛想のよい声で、 「なんぞな、今日は椿さんで、あんたらお参りけ」 「機関車で、お芋焼いてくれん」 紙に包んだ生芋を差し出した。昔から娘と焼芋はつきものである。 「ええ、芋を焼けぢゃと、わしゃ焼芋屋ぢゃないぞ、今日は、椿さんぢゃけれいそがしいがのう」 言ったはものの、今迄、娘にもてた事のないK君、娘から声をかけられて、よしチャンスとばかり、 「まかしとへ、50分したら取りにこいや、おたやんあめぐらい買うてこいよ」 芋を機関車のエントツの下に入れてた。普通機関車で芋を焼く場合、市駅〜森松一往復で程良く、ちょうど良い具合に焼芋が出来る。 一往復して、再度森松駅へ到着した、娘達が待ってる、 「お芋、やけた」 「おお、もう焼けとろぞい」 機関車の前の扉を開けた。 「ありゃ、こらいかん、芋が真黒コゲぢゃが」 「なんな、真黒コゲにしたな、あんた、わざとしたろぢゃろがな、前にOさんに焼いてもろうたら、奇麗に焼けとったのに」 「そう言うな、普通ならうまいこといくのに、今日は椿さんぢゃけれ、機関車が馬力をかけたので火が強くておそらくコゲたんぢゃろ、まあこらえてくれや、こんどはうまいこと焼いてやるけんの、おたやん買うてきたんか、早よくれや」 「虫のええこと言よらい、芋は真黒にするし、おまけにあめまでくれと馬鹿にしないで」 ブーブー言いながら三人の娘は帰りだした。 「お前ら、人にものをたのみ、失敗すれば、横着ぬかして、芋喰いの、へーばかりひりくさるブスが」 K君、悪たれついた。五十分前のロマンスは、どこえやえら、頭え、カッカ、カッカ、来てしまった。 その夜、O助士が、 「Kよい、今日、わしの彼女の芋をコガしたろが、怒っとたぞ」 「なに、あの娘おどれの彼女か、あんなブスに、ほれたもんぢゃネヤ、あの娘、芋ばかり喰いよって、いまにブクブク太るぞ」 「なにや、人の彼女をボロクソにぬかしたにゃ、お前えらそうにぬかしても彼女の一人もおるまいが」 この一言には弱いK君、芋と女のことで喧嘩となり、当分の間、O助士とは口もきかなかった。 |
附記 椿祭、年に一度の乗客輸送に取り組む大行事でした。特に、機関庫員は第一線の花形でした。 客車十二輌に、有蓋貨車も数輌取り付け、機関車は、前後に各一輌、三箇列車で、松山〜森松間、十五分毎の運行で、郡中、横河原線も増結し運転しておりました。 機関庫員は、言うに及ばず、駅務員、列車車掌、客貨車係員、保線係員、工場係員、総出で早出居残りでがんばったものです。 特に、保線係員は、市駅ー森松間の全踏切に、人員を配置し、踏切の安全に、朝早くから夜遅くまでがんばっており、寒い頃でもあり、一番苦労したんではないでしょうか。 “せめてもの 福を頼りの 椿さん” |