![]() 「そうよ油断したかい」 K君、機関車の水槽より、ボイラーに水を送り過ぎていた。 「発車時間じゃが、客はデッキよりはみ出しておらんか」 村長機関士が言った。K君うしろを見ると、一番前のデッキに若いもんが二人、体を外に出し大話をしている。真夏のため、白いシャツ姿であった。 「村長さん、若い衆じゃかい。ええがな行こうや」 発車合図があった。汽笛一声、森松方面へ列車は始動した。 ゾボー、ゾボーと変な音である。煙突より、黒い煙と黒い汁が吐き出されている。 「Kよい、出だしたぞ。うしろの若いもんが弱るぞ」 「仕方がないがな、列車がホームを離れるまでは」 黒い汁は後続の客車に降り始め出した。客車から体を出し涼を求めていた二人の若い衆は、びっくりして客車のなかに体を入れた。白いシャツは、祭の手ぬぐいのように豆しぼりになっていた。 森松へ到着し、機関車を廻して時間待ちをしていると、駅長が、先程の若い衆二人を連れて来た。その格好を見て吹き出しそうになったが無理に我慢した。顔まで真黒である。 「村長さん、この人らの姿見てえなあ、わやじゃがな、なんとかしてもらわな困るがな」 「知るかあ、機関車じゃけん、黒い煙や、ススもでる、黒い汁も出らあい、客の文句は、乗客取扱う駅のほうで、ちゃんと始末おしな」 K君、悪たれついた。 「やい機関車乗り、これ見てくれ、どないにしてくれるんぞ、わやになってしもうたが」 「やかましい、お前らが、デッキから身を乗り出してるけんいかんのじゃが」 「なんじゃ、どないにして乗っとろが勝手じゃろが、黒い汁をあびせかけえでもよかろうが」 「デッキから、体を乗り出したらあぶなかろうが、電柱にでもぶつかったら死んでしまうぞ。助けてやったんじゃ感謝せいよ」 K君と、真黒の二人が、口喧嘩始めたので駅長は、間に入ってウロウロしている。 「駅長、発車時間ぜ」 村長機関士の一言で、真黒の若衆二人を残して発車した。あとは駅長が始末してくれるだろう。 それにしても、K君少し尻こそばかった。缶の焚き方の大失敗。 日頃、乗務の際の点呼時、助役より、プライミングはしないように指導されていた。 |
附記 戦プライミングとは、汽水共発という意味で、ボイラーの湯が必要以上にあり、蒸汽溜まであふれ、発進のため、蒸汽をピストンに送ると、あふれた湯も蒸汽と一緒にピストンを通り、煙突から蒸汽、煙と一緒に吐き出され黒い湯の汁となって落ちてくる。 又、機関車を長く止めていると、ピストン内の蒸汽が冷え、水分となり、同じようなこととなります。 排気音も、ゾボー、ゾボーと悪くいやな音がします。ピストンを割る恐れがあるため、左右のピストンのところに水分を抜く弁があり、機関室でコックを操作して水分を吐き出します。この場合、ホームを離れたら操作し、水分が抜けると止めて平常運転となります。 汽車に乗った思い出がある人なら煤煙のススや、黒い汁が飛んで来たことを思い出すでしょう。 ポポ、シュシュと唄にも唄われていますが、ポポは、機関車の排気音で、シュシュは、ピストンから水分を抜くときの音です。 “高らかに 生きてるように 排気音” |