伊予鉄道株式会社

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坊っちゃん列車物語

第23話「火事」

挿絵 冬の夜が、しんしんと更け、夜空の星がきらきら光り、車庫では、シュンシュと、蒸気の洩れる音が、不気味に感じられる真夜中である。

 K君今日は、彦左機関士と不寝番である。作業は入庫した機関車が翌朝出庫するのに必要な缶と蒸気の番である。K君もう一度各機関車を、一廻りしようと事務所を出て何気なく東の空を見ると真赤である。
「彦左さん、オオゴトじゃ、建てかけの本社が火事じゃがな」
「なに火事じゃと、こりゃいかん、二階に寝ている皆を起こせ」
 機関庫の連中、二階からドヤドヤ降りて来た。
「ありゃ、あそこで電話の交換手が寝とるぞ助けに行け」
 若手機関士が二、三人、娘が気になり飛び出して行った。
「Kお前、社宅へ行って課長を起こして来い、ほかの者は消防車を出せ」
 助役がてきぱきと号令をかけた、K君は社宅へ飛んで行った。

「今晩は、今晩は課長さん火事ですよ」
 大きな声を出し、ついでに表の戸を足でけった。
「誰ぞ、おおKか、どこが火事ぞ、まさか、機関庫じゃなかろのう」
 課長は、あわてていた。
「機関庫じゃないんです」
 課長は、少し落ちついた。
「ああよかった、機関庫じゃないんか、やれやれびっくりしたが、どこが火事ぞ」
「建てかけの本社じゃがな」
「なにい、馬鹿者それを早よ言わんか、馬鹿者、大馬鹿者」
 課長は、大あわてになり、馬鹿者と三度も叫んだ。

 K君、機関庫へ帰って見ると、連中は消防車を押していた、自動車整備課の班長さんが運転席にいるがエンジンは掛かっていない。
「ワッショイ、ワッショイ」
 連中は、エンジンのかからん消防車を現場まで、取りあえず押して行くことにした。鐘とサイレンは一流に鳴らしてはいるが、ノロノロしか進まない、本職の消防士に叱られながらも、ようやく市駅前の現場へやって来た。

 機関庫の連中は、火を焚くのは上手であっても火を消すのは習っていない、ホースはあっち、こっちへ引張り廻し無茶苦茶である、おまけに水は一滴も出ない。
 そのうち夜も明けてきた、火事もおさまり本職の消防車が引き上げ始め出した。
 我等の消防車は、修理をすれど、エンジンはかからない、ホースは、ペッチャンコのままである。
「頼む、エンジンをかけてホースに水だけ通してくれ、社長に申しわけがたたん」
 とうとう課長は半泣きである。通勤者が通り出した頃に、ようやくエンジンがかかりどうにかホースに水を通すことが出来た。
 水を通したホースは、活躍したかのように、二階の宿泊所の窓から、づらりぶら下げ、一応の格好をつけておさまった。
附記
機関庫と工場の間に、消防車の車庫があり、三輪消防車でした、管理は、整備課の担当で、社宅にいた整備課の班長さんが行いました。
 夜間に社員が多くいる、機関庫員が応援しており、隊長は、機関庫の課長さんが兼任していました。
 当火災後、冬期には、エンジンのかかりを良くするため、夜間、ラジエターの水を抜き、お湯を入れる作業を不寝番が行いました。
 松山城の筒井門が火災になった時に、当社の消防車も出動し、私達数名も出動しましたが、県庁の横の登山口にて予備消防隊として待機をしました。その出動費として、一人、一金二百円をもらったのを覚えております。

“しづまりし 車庫、機関車の 火を守り”

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