![]() 機関室に戻って見ると、車掌と駅長とが、コプ機関士と話している。 「なあコプさん、そんなイガクなこと言うな、相手は重役さんぞ」 「なんぼ重役でも進駐軍の命令じゃけんいくまいがや」 どうも重役を機関車に乗せて帰れと言っているらしい。 「なんぼ会社のえらい人でも、仕事関係以外はいくかあ」 K君がまくし立てていると、当の重役さんがやって来た。 「おい機関士、全責任はわしがもつおまえには心配をかけん」 せまい機関室へ、釣籠を下げて乗って来た。 コプさんもK君も、重役が目の前にいると、グーの音も出ず、乗せて帰ることにした。 「わしは明日、社長と一緒に梅津寺から釣に行くつもりで梅の本から乗ったがの、寝てしもうて市駅へ着いたのを知らず、横河原まで来てしもうたわい。わしとしたことが大しくじりじゃ、ワハハハ・・・」 大きい腹をゆすって笑った。 (何をぬかすこのブタ重役め) K君口には出さず機関車にゆられていた。 「機関士一服やれ」 重役はコプ機関手にタバコ、ピースを突き出した。コプさんピースに火を付けた。 「助士は未成年じゃあの」 勝手に決め、タバコをくれない。 機関車は田窪駅へ着いた、ところがいつもと違って駅のホームは掃除が出来て水までまいている。駅員さんは不動の姿勢で敬礼をした。 平井、久米、立花の各駅も同じである。 (さては横河原から連絡したな) K君思ったが、お召し列車を運転の乗務員の気分になった。 「ふふん、各駅の勤務態度はよいな運輸課長をほめてやろう」 重役の独り事である。だいたい重役さんぐらいになると現場の事はあまり知らないらしい。 市駅へ到着した、機関庫へ入庫するとこれまた日頃と違って見事な掃除ぶりである。助役、監督以下総出迎えだ、コプ機関士、K君、みんなを見下ろして得居顔。 重役さんは、梅津寺の社長宅で一泊し、翌朝早く漁船で社長と釣りに行く予定が狂い、機関庫に泊り朝一番電車で行くことになり、連絡などもあり、助役さん達大騒動である。 |
附記 当重役さんは、松山の空襲で、焼け出され梅の本駅附近に疎開しており通勤しておりました。現場では、重役さんに顔を合わすことなどなく雲の上の人でした。 列車は、最終便を終ると単機で運転して帰り、翌朝、又単機で運転をして行っておりました。入庫した機関車は、翌日のため、缶の火を落さず、埋め火をして缶の火、蒸気の調子を見ながら、機関士と助士、一組が不寝番をして管理しており、翌朝、機関車の出庫が終ると勤務が終っていました。 機関車が、単機で往復する場合でも、列車扱いで、駅員さんもそれなりに平常勤務をしていました。夜、単機で駅を通過する時には、駅員さんはそれなりに取扱いをしておりましたが、朝早く行くときは、別に用事のない駅は、電気も付けず寝床にいる場合があり機関車を止めて汽笛をじゃん、じゃん鳴らしたもんです。駅では弱り切って、近所からやかましく言われるのでお酒を持って、ある程度は、大目に見てくれんかなと挨拶に来ておりました。 “重役さん 機関車のなかで 小さくなり” |