伊予鉄道株式会社

坊っちゃん列車に乗ろう!

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坊っちゃん列車物語

第10話「通過」

 横河原発7時、松山市駅行通勤列車である。市駅までは、下り坂で、缶はそう焚かなくとも立花まで、蒸気を保ちさえすれば良い。その点気は楽である。しかしバック運転だから、助士が、ブレーキを取り扱わなければならない。

 横河原駅を発車して、すぐ下り坂となり見奈良駅まで続く、惰力を落しながら見奈良駅へ止めるのは、機関車だけのブレーキだから相当な技術を要した。
「あ、クロさん、スリップ始めた、砂出してや」
「よしゃ、ありゃハンドルがきかん石がつまったらしいぞ」

 ブレーキを掛けると、小雨のため線路が濡れており、動輪がスリップを始めた。列車は、惰力が落ちるどころか、速度を増し機関車を押してくる。クロ機関士は、砂箱のハンドルを操作続けている。
「こりゃ、オオゴトじゃ、クロさん見奈良へ止まらんぞな」
「見奈良どころか、田窪迄行ってしまうぞよ」

 二人はあわて出した。K君は、神仏に願いたい気持ちになったがどうにもならない。見奈良駅はもう目の前である。
「あっ、砂が出だした」
 砂はスリップしている動輪にかみ込み、列車の速度は落ちたが、駅のホームは素通りであった。ホームの乗客は、まごついている。列車は、ホームからかなり離れて止った。
「やれやれ、オオゴトになりよったのう、冷や汗が出たが」

 二人は、胸をなでおろした。車掌が飛んで来た。
「クロさん、えらいこっちゃやがな、この間は、お薬師さんの裏まで来てしもうたが、今日は、まだええわいホームまで一寸バックしてえな、客から文句が出るさかい」
「やかましい、機関車が言うこときかんのじゃ。乗客をこっちえつれて来い。ここで乗ってもらえ」
 二人は、テレクサさもあった。
「そんな馬鹿な、バックしてホームへ着けてえな」
「めんどい、めんどい」
 二人はホームへ着けなかった。気まづい思いである。乗客は、プラットホームから飛び降りて、列車のほうえやってくる。ブウブウ言いながら客車に乗り始めた。乗客の苦情は車掌が処理するのでその点、機関車乗りは、気が楽であった。
附記
 今考えると、あの機関車で、人間を乗せた客車を引張り、走らせたり止めたりしたもんだと思います。特に、ブレーキを扱う乗務員は神技的でありました。前進運転は、機関士が、蒸気圧力を利用したブレーキを取扱い、バック運転は助手が反転テコを利用した手動ブレーキを取扱っておりました。

 機関車だけのブレーキで列車を止めるわけですから、荷重と惰力を如何に、上手に利用することが大切であり、技術によって、衝動を少なくするかが問題です。下り坂や、線路が濡れている時など、スリップをなくし、惰力を如何に殺すかが腕の見せどころでした。

 機関車には、ボイラーの上に、前から煙突、次が蒸気溜め、その次が砂箱になっており、空転や、スリップした時に、機関室より操作して砂を出し、その砂はパイプを伝って、線路上に落ち、動輪にかみ込み、空転や、スリップを止めていました。

 今でこそ言えますが、何も知らないお客は、良く乗ってくれたものと思い、ゾーとします。特に、急ブレーキを掛けても直ちに止まる事が出来ないので冷や汗ものでした。今なら、許可にならないブレーキ装置ではないでしょうか。

“止めること 先に習って 走らせよう”

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