![]() 「なに、止めて見い」 郡中線の最終便を終り、郡中港より単機で帰る時で、新川駅の手前であった。 「なんじゃあ、娘さんじゃが」 「こんな夜更じゃけん、わしゃ、女のゆうれいかと思ったが」 娘は、ボストンバッグを持ち、線路端で手を上げていた。 「どうしたんぞな」 「あのう、終便に乗り遅れたんですが、すみません市駅まで乗せてくれませんか」 当時は、タクシーなど珍らしく住民の足は、汽車か電車である。 「Kよい、まあええが、今から松山まで歩くててどうなら、ちかんでも出たらいくまいが。よしゃお乗りいな、気を付けてな」 機関車へ娘を乗せた。二人は、女を乗せたのは始めてである。 K君、缶を焚く時、炎のあかりで彼女を見ると一寸した別嬪さんである。当時の人気女優、青い山脈で売り出した、杉葉子によく似ている。俺より一寸年下じゃと思い、まあこれぐらいの娘なら彼女にしたら悪くないと想像してみたりした。 彦左機関士は、家はどこか、名前はだれか、市駅からどこへ行くのかなど聞いているが、 「松山へ行けば、宿屋はありましょうか」 と、言っただけで、だまってうつむいている。どうも泣いている様子であった。彦左さん、持てあましていた。岡田駅で機関車を止めた。 「Kよい、ちょっと小便してくるぞ」 彦左さん駅舎の方へ行った。少しして戻り、運転を始めたが、彼女に話しかけなくなった。 市駅へ到着すると、機関庫の助役と警官が二人待っていた。 彦左機関士が、 「娘さん、あんた家出したんじゃろう、一目見た時わかった。事情はどうあろうと、今夜は警察のお世話になり、親が心配しとるはずじゃけん明日は、家へ帰らないかんよ。まだ若いんじゃけん、やり直しも充分きくけんな」 「ありがとうございました」 彼女は、小声で挨拶をして、何度も機関車の方を振り返り頭を下げ、警官二人に連れて行かれた。 さすが、彦左さん、伊達には年を取っていないと思った。岡田駅で連絡したり、娘にやさしくさとしたりなかなか味なことをやるもんじゃ、K君感心してしまった。 二人が風呂から帰ってくると、 「あの娘は、郡中の中流家庭の娘で結婚話がこじれて家出したらしい。自殺の恐れがあるので親から、保護願が出ていた。今、警察から、お世話になったと連絡があったぞ」 助役が言った。職場では、家出娘ことが話題になった。 「Kよい、別嬪じゃったが、お前の彼女と、どっちがええ女ぞ」 「Oよい、おどれの彼女のオカメより、それは別嬪さんよ」 O助士が、おちょくったので、K君彼女がおらんもんじゃけれ、腹が立ち、やり返した。 それにしても彦左機関士がいらんことせなんだら、今頃、俺が世話してロマンスに発展したらとK君、虫のええことを考えてみたりした。 「わしゃ、死ぬかもわからん娘を助けたんじゃけん、表彰されて金一封ぐらいくれてもええじゃがネヤ」 「お前は、阿保かあ」 O助士が言った。 数日後、娘は、父親に連れられて機関庫へお礼の挨拶に来た。彼女は立ち直り、花嫁修業のため習いものに行っている事でした。 その父親から、郡中より山手にある唐川地方のおいしい、びわを沢山送って来てくれたので、みんなで食ったのを覚えています。 |
附記 “色黒の 機関車乗りも 恋はする” |