![]() 大きな声が頭の上を走った。 「おどれぢゃが、ボサーとするな」 うしろから頭をつかれたK君、自分が呼ばれていることに気がつき、まさか入社早々にヘドまされるとはオドロキである。 将来は伊予鉄道の堂々たる機関士として入社した初日で、機関清掃手の辞令をもらったばかりである。 「こら、おどれこれを持ってわしについてこい」 K君と同年輩の男が細長い鉄棒とシュロの皮の束をつきつけた。 あまりえらそうなので、 「なにをぬかすんぞ、えらそうなことぬかすな」 K君やり返してしまった。 「なんぢあや、古参のわしに向かって横着なことぬかすな」 「Oよい、この新入り横着な奴ぢゃけん、どついたれ」 先程K君をへどました、一寸先輩の男であり、K君の相手はOという男であった。 若い者同士、助け舟を出してくれるものと思いきや・・・これはオオゴトになった困ったことぢゃ。 「コラ、お前ら新米をいぢめるな、今日はこらえちゃれや」 鼻の下にチョビ髭をつけて、頭も一寸うすくなっているオッさんが言ってくれた。 「Oよい、チョボ監督が言いよるけん、こいつを連れて早いとこ、チューブをつきに行けや」 やれやれ助かった、鉄棒とシュロの皮を持ってOについて行った。 チューブをつくというのは、機関車が、一仕事をして石炭補給場に来た時、機関車の前のフタを開けて、ボイラーの中に50ばかりある穴の中へ、シュロの皮を先端に取りつけ鉄の棒を順番に抜き差しする、いうならばキセルの筒掃除である。 K君言われるままにやっていると堅いものでコツンとやられた。 「こら、穴を2つもとばしたろが、横着もんが」 うしろを振り向くと、点検ハンマーを持った機関士が立っていた。 えらくアゴの張った男で、コプというあだ名の持ち主で、若手の機関士であることがあとでわかった。 「新米よ、穴をとばすと蒸気の上がりが悪いけん、助士が弱るぞ、めんどい助士にかかったらへどまされるぞ、こら、Oよい、ちゃんとお前が教えないくまいがや」 ついでにOもへどました。 どうも恐ろしい職場である。1日でも古ければ古参として新参にえらそうに言える。OはK君より3日古参であった。 今日のところは難をのがれたが明日からがオオゴトである。 |
附記 K君が入社した、昭和20年の秋は、松山が空襲を受け、本社も各現場もバラック建で、機関車の車庫だけは、一応作業が出来るようになっていました。 工務課、機関車係として、戦後の輸送に大いに貢献したものです。 後に乗務第一課となり課として独立をしました。 入社してびっくりしたのは、人を呼び合うのにあだ名を使っている場合が多く、先程のチョボ監督、コプ機関士のように。 例、伊予鉄の社内や、如何なる場所でも、大久保彦左衛門のように振舞うので彦左機関士。自分の住んでいる村を支配しているように言うので村長機関士。人の意見に徹底して反対するのが好きがイガク機関士、色が黒いのでクロ機関士など。 このあと、本名を使わず、あだ名で書いております。先輩や同僚、関係職場のみなさんに内容的に当たりさわりもあるかと思いますが、おゆるし下さい。 取りあえず、K助士、O助士中心で話を進めてまいります。 “ボロ布を 腰に、機関車 磨く庫内手(ひと)” |